数多く存在しているサスペンス映画の中でも目立って大幅に結末を裏切られる作品「22年目の告白-私が真犯人です-」について、考察していきます。
この映画の最大の魅力は「一つ一つのシーンが重要かつ迫力満点で、一秒もスクリーンから目を離せなくなるほどのめり込んでしまう」ところでしょう。
今までにありましたか?「私が真犯人です」と世間に公表するところから始まる物語は。
今までになかった設定を取り入れつつも恐怖・緊張感・衝撃、一気に様々な感情を視聴者に埋め込んでくるので、この映画を観終えた後しばらくは「22年目の告白」特有の世界観から抜け出せません。
そんな「22年目の告白」を観た後に感じるであろう疑問「犯人はなぜ連続犯行に及んだのか」について述べていきます。
<考察>22年目の告白 真犯人仙堂は寂しさを埋めるために犯行に及んだ
映画のとあるシーンで仙堂は人を殺害することに対し「興奮」といった言葉を発していたのですが、その興奮はどこからきているのかというと、実は寂しさからきているのだと考察します。
仙堂はもともとサイコパスでも、冷酷な人間ではなく、私たちと同様、夢を追いかけて行動している一般の感情を備えている人だったのです。
しかし、仙堂はある日私たちとは違う道を歩みます。仕事先で仲間を一人亡くしたのです。それも、自分が見ている前で。このときの仙堂の心情は計り知れない程、屈辱と悲しさを抱えどん底な精神状態にあったといえます。
人間はひとりでは生きていけないという紛れもない事実を仙堂は最悪な形で体現しました。
そうです。仙堂が犯行に及んだ理由は「自分と同じ目に遇わせてやる」「精神状態が狂ってサイコパスになった」ということも考えられるのですが、「自分と同じ境遇の人(生き残り)を増やしたい」という理由からの犯行だったのではないでしょうか。
つまり同じ傷を負う人たちを増やしながら、自分の傷を癒していたというわけですね。
22年目の告白を観た、みんなの感想
まとめ <考察>22年目の告白 犯行動機は犯人自身の傷を癒すためだった
連続殺人犯の共通点は「狂っている」ことなのですが、この映画は誰しもがこの仙堂というキャラクターになってしまう可能性を持っているということを最高に怖く描いています。
「22年目の告白」は完全非現実的な話かと思いきや、現実世界に繋がっている部分も多く垣間見える作品です。
そしてたくさん伏線が散りばめられているため、多くの人を考えさせる作品でもあります。
是非この作品について考察してみましょう。
考察を見終えた後にはもう一回この迫力ある「22年目の告白」を観たくなっているはずです。