2017年、後にグラミーを受賞する『Sleep Well Beast』を完成させたばかりのThe Nationalのソングライター、マット・バーニンガーに届いた一通のメールがすべての始まりでした。
「あなたの楽曲の大ファンです。何か一緒にできれば」
デザイナー、映像クリエイターとしてキャリアをスタート。現在は映画監督として、『サムサッカー』『人生はビギナーズ』『20センチュリー・ウーマン』の三作でアメリカを代表する映画監督の地位を築いたマイク・ミルズからでした。
マイクの映画の大ファンだったマットは喜び、新作から漏れたアウトテイクのいくつかをマイクに送ります。
以降幾度かのキャッチボールの末、完成したのがThe Nationalのアルバム『I Am Easy To Find』とマイク・ミルズの短編音楽映画『I Am Easy To Find』です。
The Nationalの、USインディの良質な部分のみを抽出したような…土と風の匂いが静かに立ち上るような…トラックにのせて描かれるのは、アメリカの田舎街に生まれ死んでいく一人の女性。
演じるアリシア・ヴィキャンデルは10代から老年までを過度なメイクや声色に頼ることなく、表情と身体のアクションで実に映像的に体現しています。
最初はMVを撮らせてもらえれば、というくらいの軽い気持ちでコンタクトを取ったマイクですが、最終的には26分間の映像をクリエイトして、さらにアルバムのクレジットにプロデューサーとして明記されるほど深いパートナーシップを築くことになりました。
白黒の映像でとらえられる田舎の風景。畦道、空、木陰、開いた窓、風に揺れるカーテン。
そのどれもが音楽と、ゲストとして迎えられた多彩な女性ヴォーカリストによる色と合わさり、観客のノスタルジアと深く豊かなハーモニーを奏でるのです。
『Oblivion』のコードを鳴らすピアノに絡むギターのトーンの、息が止まるほどの美しさ。
『Rylan』の、インダストリアルなビートとストリングの狭間で響くThe xxばりにロマンチックな男女二声のハーモニー。
そして微睡みからうっすらと覚醒していくような、柔らかな手を離されて泣く薄い夢のようなタイトル・トラック『I Am Easy To Find』。
マット・バーニンガーは自身のクリエイティヴの根源を「死とセックス、つまりは喪失だ」と語っています。
やがてすべては失われていく。そのなかで、限りある生をささやかに時に苛烈に全うすることの尊さ。それはそのまま、前述したマイク・ミルズのキャリア三作のテーマと共鳴します。
成長とともに輝きは消え、想いはすり減る。いくつかのときめき、悦びも劇的にはならず、日々に吸収されてしまう。私たちの生活がそうであるように。
ではこの一生に意味はないのでしょうか?
ラストシーン。
母親といつしか仲違いしてしまい、映画中盤で和解できないまま死に別れてしまった主人公がベッドで、愛する息子に手を握られながら穏やかに息を引き取ります。
どんなささやかな人生も、巡りめぐる繰り返しのなかで少しずつ、少しずつ変えていくことができる。
思いやり、優しさを忘れなければ。好きになること、夢中になることを恐れず諦めずに手を伸ばせば、きっと。
そんなメッセージを押しつけがましくなく、そっと寄り添うように示してくれる26分の映像と、16編の楽曲集です。
映画、音楽を中心に在野にて評論活動修行中。
アメリカン・ニューシネマ、サマー・オブ・ラヴ、マッドチェスター、ウィノナ・ライダーの信仰者。