無機質なメトロノームのリズムに、静謐なピアノのコードが重なります。
やがてくぐもったドラムとレズリーなギターのアルペジオ、緩やかにランニングするベース・ラインが合流。
中期から後期、スタジオに籠ったThe Beatlesへのオマージュ『WATER』で静かに、しかし確かな蒼い炎を灯しSuchmosの新作『THE ANYMAL』は幕を開けます。
「94年のJAMIROQUAIを生で観れるなら100万円でも払いたい!!」
そう無邪気に話していた若者たち(THE KIDS)は皆、20代後半になりました。
2015年の1st full ALBUM『YMM』で音楽ファン、メディアの激賞を浴び、その勢いのまま翌年2016年にリリースした『STAY TUNE』が社会現象と言えるほどの大ヒット。
同年代で親交深く「御三家」と言えたnever young beach、Yogee New Wavesがメンバーの離脱など活動存続に苦しむなか、YONCEのクールネスと親近感が絶妙なバランスを醸すルックスも相まって、一気に時代の寵児として脚光を浴びました。
NHKロシアW杯のテーマソングとして選ばれ紅白初出場を果たした『VOLT-AGE』、また前作『THE KIDS』の冒頭を飾った『A.G.I.T』のドラッギーなサイケデリック・ロックを『THE ANYMAL』では全面的に展開しています。
これまで音楽的素養の中心として前面に出ていたHSUのベースですが、今作ではバラバラになりそうなアンサンブルを繋ぎ止める接着剤的ロールを担うシーンが多くなっています。
その上をTAKING、そしてステージでもギターを手にすることが多くなったYONCEのギターが時に獰猛に、時にゆらゆらと迷いがちに躊躇いながら舞っているのです。
The Black Keysばりのダウン・チューニングにファズをかましたギター・リフとスリリングなシンセが絶妙な『ROLL CALL』。
酔っ払ったようなアルペジオ、地声とファルセットの2声ヴォーカルがセクシーに誘惑するヴァースから「夢も希望もないのかい?救ってよ、Rock Music」とTom Waitsばりのロマンティズムを発散させる『In The Zoo』。
やはり今作『THE ANYMAL』の大部分に漂っているのは祭りの後の倦怠です。
9曲目『ROMA』はアルフォンソ・キュアロンからその先にある1960年の名作、フェデリコ・フェリーニ『甘い生活』で描かれたそれに思えます。
稀代の色男、マルチェロ・マストロヤンニが素のままに演じるゴシップ記者と業界人たちの、永遠に続くかのような退廃的な狂騒。
次曲『Hit Me Thunder』の気だるい4分のストロークは乱痴気騒ぎの翌朝、海辺にあったグロテスクな巨魚の死骸とそれに自分を重ねるマストロヤンニのようです。
ブレイクによる狂騒。突然手にした名声と収入。その先に待っていた、強烈な倦怠。
このまま終わったらかなり残酷な、救いのないリアルが突きつけられる作品になっていたでしょう。
しかし続く11曲目で彼らはこう歌います。
「先のことはわからない ありもしないことで沈むのはやめた」
「チャンスメイクしようぜ 毎日がSix Pointer」
プレミアリーグの行方を左右する(YONCEはLiverpoolの大ファンです)大一番のゲームを意味するタイトルでクソみたいな日常をロールさせる『Here Comes The Six-Pointer』。
前述した『甘い生活』のラストは美しい少女の笑顔のアップで終わります。
彼女はマストロヤンニに何かを叫ぶが、潮風にかき消され彼には届きません。
伝わらなかったが、そこに思いはある。
「器用に生きようとしなくていい 感じたままにいきましょう」
そう歌う最終曲のタイトルは『BUBBLE』。
打ち寄せる波は生命を飲み込み、また生み出します。その場所に最後に帰って還ってくるSuchmos。
無邪気な時は過ぎた。得たものがあった、失うものがあった。この先どうすればいい?
悩み、見つけたのは自分たちのルーツ。そこでまた始めればいい。
「すれ違うことが人生、なんて信じない」
そのドキュメントが刻まれた『THE ANYMAL』は、希望と肯定の傑作です。
ライター紹介 吉田コウヘイ
在野にて評論活動修行中。大学で映画と社会運動について研究。
アメリカン・ニューシネマ、サマー・オブ・ラヴ、ヌーヴェル・ヴァーグ、ウィノナ・ライダーの信仰者。
Twitter:tele1962