オレ・グンナー・スールシャール新監督を迎えたマンチェスター・ユナイテッドの勢いが止まりません。
ジョゼ・モウリーニョ前監督にとって鬼門の3シーズン目。誰が見ても明らかなウィーク・ポイントだったセンターバックの補強の大失敗。主力の多くが参加し疲弊したW杯。
幾多の不安要素を抱えながらスタートした今シーズン、開幕からユナイテッドは壊滅的なディフェンス、個人能力と高さに頼りきりの退屈極まりないアタッキングに終始。
最大のライヴァルであるリヴァプール、マンチェスター・シティがそれぞれクロップ、グアルディオラという希代の戦術家の元で中長期的強化で結果も内容も最高なエンターテイメントを提供する中、ひたすら差をつけさせられる屈辱的なシーズンを送っていました。
追い討ちをかけるように、モウリーニョ3シーズン目の風物詩である一部主力選手との確執が表面化。多くのサッカーファンが「またか…」と嘲笑する中、モウリーニョはたっぷりとした違約金を受け取りようやく12月に解任。
故郷ノルウェーで指導者キャリアを刻んでいたスールシャールが暫定監督として迎えられました。
サー・アレックス・ファーガソン時代、数々のドラマティックなゴールを決めてきた、記録にも記憶にも残るセンスフルなストライカーだったレジェンドは初戦であるアウェイのカーディフ戦前に選手達にこう語ったといいます。
「ポジティヴなリスクならどんどん冒していこう。マンチェスター・ユナイテッドらしいアタッキング・フットボールをやろう!」
スピードとテクニックに優れた選手が連動しながらサイドを崩し、中央に堂々と構えるカリスマ溢れるスターが決める。ファーガソン以降のモイーズ、ファン・ハール、モウリーニョら自身のスタイルを持ったベテラン指導者には描けなかったプレー・スタイル。
選手時代の後半はサブとしてベンチに座る時間が長かったスールシャールは、ファーガソン譲りのモチベーション・コントロールでチーム全体の雰囲気を一変させます。
背中を押された選手たちは解き放たれたように躍動。サッカー・プレイヤーなら誰もが憧れたあの頃のユナイテッドのように、前へ前へ攻め続け、カーディフ戦を1-4で勝利します。
次戦は本拠地オールド・トラッフォードでのハダーズフィールド戦。
当然満員のサポーターはスールシャールの帰還を盛大に歓迎。前節の大勝もあり大きな期待感がスタジアムに充満していました。しかしそれは裏返った時のリスクも孕んでいます。不甲斐ないプレーを見せれば、結果が出なければすぐ難しいシチュエーションが生まれてしまう。
しかし選手たちはまたも躍動します。その中心にいたのが、前述したモウリーニョとの確執で主犯扱いされ厳しい批判を受けたポール・ポグバでした。
モウリーニョ時代は守備の役割を多く課せられていたポグバに、スールシャールは左インサイド・ハーフとしてハーフ・スペースでの自由を与えます。横の動き、カヴァ-リングの縛りから解放され縦のボックス・トゥ・ボックス、自身のゾーンでのプレーを許されたW杯チャンピオンは見事に息を吹き返し蘇生しました。
開始から攻撃の中心としてゲームを動かし、1-0で迎えた後半。
1点目はエレーラ、ラシュフォード、そしてこちらもモウリーニョから冷遇されていたファン・マタによる見事な右ニアサイドの崩しから左ハーフスペースで待ち構えてブロックする3人のディフェンダーに全く慌てることなく確実にフィニッシュ。ここ久しく観られなかった自チームによる華麗な流れでオールド・トラッフォードは最高潮の盛り上がりに。
しかし圧巻は直後の2点目でした。
センターラインを過ぎた辺りでボールを受けたポグバは左に開いたラシュフォードに展開。スルスルとハーフスペースを上がり、ペナルティ・エリア手前でリターン・パスを受けます。エリア内には味方フォワードと敵ディフェンダー、さらに横からコースを切りにくるマーカー。
横か後ろか、一か八かの縦パスか。
誰もがそう予想した刹那、一瞬の予備動作から右足を一閃。綺麗なカーヴを描き、ボールはあたかも運命付けられていたかのようにゴール左に吸い込まれました。
一瞬の静寂の後に起こったどよめき、揺れるスタジアムの中心で自らを誇示して力強く立ち、リズミカルに揺れながらニヤリと笑い観客を見渡すポグバ。
その姿はマンチェスターの英雄であり伝説のバンド、ストーン・ローゼズのイアン・ブラウンのようです。
オールド・トラッフォードでは試合前にストーン・ローゼズの名曲『This Is The One』がユナイテッド・サポーターにより大合唱されます。
レニのテクニカルかつダイナミックなドラム、ジョンの煌めくアルペジオ、そして筆者が溺愛するマニのそれ単体で涙を誘うようなシンプルかつグルーヴィな、これ以上も以下も有り得ないベース。
その奇跡的なアンサンブルの上を、不遜にたゆたうイアンのヴォーカル。
「約束したんだ、君の輝きで僕を包んでくれるって」
「そうだ、これなんだ!ずっと待ち望んでいたのは!」
ジョージ・ベスト、エリック・カントナ、ウェイン・ルーニー、クリスティアーノ・ロナウド。
オールド・トラッフォードのザ・ワンたち。彼らは決して模範的なキャラクター、聖人君子ではありませんでした。アルコール、派手すぎた夜遊び、カンフー・キック、ボクシング・パンチ…。
固まった直立不動の体勢は、実は最も倒れやすい状態、外部の変化に対応しづらい状態です。ガチガチのハンドルでは柔軟な運転は出来ません。遊びがあるからこそ、創造性が生まれる。グループが生まれるのです。
ポール・ポグバを中心としたユナイテッドのスピーディでグルーヴィなアタッキング・フットボールがオールド・トラッフォードを、プレミア・リーグを熱狂のダンスフロアに変えます。
ファーガソンが去ってから何年経ったのか。もう遠い昔のような気がしてしまいます。
ようやく、パーティーが始まる。お楽しみはこれからだ。
そんな予感に満ちた赤い悪魔から、目が離せません。
映画、音楽を中心に在野にて評論活動修行中。
大学時代はアキ・カウリスマキ、ケン・ローチを題材に映画と政治、社会運動について論文執筆。
アメリカン・ニューシネマ、五月革命、フラワー・ムーヴメントなど60s、カウンター・カルチャー・マニア。