小沢健二『Eclectic』 あの大きな1つの魔法について

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Apple Musicにて、小沢健二が2002年に発表した傑作『Eclectic』が配信開始されました。

小沢健二の『Eclectic』をApple Musicで聴く

古い友、小山田圭吾と結成したフリッパーズ・ギターでのデビュー、エポックメイキングな活動を経て90年代半ばソロとして大ブレイク。豊かな音楽、文学などの文化的教養と天性の反射神経、抜群のフィジカルを武器に『愛し愛されて生きるのさ』『ラブリー』『痛快ウキウキ通り』『それはちょっと』などなど数々の素晴らしい楽曲を世に送り出します。併せて彼の天真爛漫なキャラクターと清潔感あるルックスが「王子様」としてお茶の間レヴェルに浸透、「オザケン」は日本における時代のアイコンになりました。

筆者自身、ドラマ主題歌として耳にした『僕らが旅に出る理由』が小沢健二との、しいては良質なポップミュージックとの初めての出会いでした。服部隆之による流麗なストリングス・アレンジ、シンプルなようで一筋縄にはいかないコード進行、伸びやかなメロディに乗る、離れた恋人を想うプライヴェートな心情が別のカップル、家族、都市、地球と宇宙といった具合にマクロな拡がりを見せながら、最後は主人公のミクロなエモーションに収斂していく巧みにも程があるストーリー。フジファブリック、Bank Bandなど多くのアーティストにカヴァーされてきた名曲です。

しかしその負荷、止めどないアウトプットの繰り返しは大変な代償を伴ったのでしょう。
「この線路を降りたら願いは放たれるのか?」
と繰り返される『ある光』を発表後、小沢健二は日本を離れアメリカはニュー・ヨークへ移住。シーンの表舞台から姿を消します。
正直なところ、静岡の田舎でローティーンを過ごす筆者からは「絶頂期における突然の失踪!!」の類ではなく、「ありふれた緩やかなフェードアウト」との実感がありました。それだけ94〜96年の輝きが鮮烈だったのです。97年ごろはたまにテレビで姿を見ても帽子を目深に被りどこか落ち着きがなく、子供ながらなんとなく心がザワザワしたのをよく覚えています。

それから数年後。21世紀に入った2002年にニュー・ヨークから届いたのが『Eclectic』です。初めて聴いたとき、排他的で頭でっかちな17歳だった筆者は大きく戸惑い、落胆しました。
「なんだこれ…?」
盛り上がりに欠ける淡々としたメロディ、何を言っているのかハッキリしないリリック、何より「王子様」「オザケン」のイメージからかけ離れた、伏し目がちな小沢健二の歌声。

現在ほどSNSもYouTubeも浸透しておらず、アメリカとの心理的文化的距離感が何倍も大きかった日本の音楽ファンの大方にも、戸惑いの色が大きかったように記憶しています。

しかし本当の審美眼を持っていた、本当の感性を持っていた人々はこのアルバムに強く惹かれていました。代表的なのが、現在40歳以下の世代では日本最高の音楽集団に間違いないだろうceroです。彼らはブレイクスルーとなった2015年の傑作『Obscure Ride』をリリースした際の、リアルサウンドでの非常に濃密なインタビューで
「『1つの魔法』をカヴァーしたのは、『Eclectic』っていうすごく冷たい質感をもったエロティックで孤独なアルバムを、人の世に下ろしてあげたいっていう」
という発言をしています。『Obscure Ride』はまさに『Eclectic』とロバート・グラスパーら10年代前半のアメリカ西海岸のR&B、JAZZシーンのエッセンスを東京の街で鳴らした傑作でした。
その2年後、日本での本格的な活動を再開した小沢健二は自身の特集番組の中で
「ceroのような人たちがいたから、僕はポップミュージックに帰ってきた」
と返答。とても感動的なキャッチボールとなりました。
さらに2018年にシェアされた美しい最新曲『アルペジオ(きっと魔法のトンネルの先)』でも
「きっと魔法のトンネルの先 君と僕の心を愛する人がいる」
と、このキャッチボールは続いています。

2018年に聴く『Eclectic』。淡々としたメロディは青く光る焔のように静かにしかし熱く心を燃やし、ハッキリしないリリックは性的な隠喩と受け手の想像力をかきたてるクールネスに満ち、伏し目がちな歌声はパーティーの最中にふっと冷静になったときの透明な虚無感、諦念を想起させます。

Roland 808の切なさすら感じさせるビート。シンプルながらおそろしくグルーヴィなベースに閃光のようなギターが香る『麝香』。ファンキーなスラップ・ベースと美しい多声コーラスにのせて「書き直した歌詞」「値段のない贈り物」など捉えどころのない言葉が浮かんでは消えていく『1つの魔法』。フェイズがかかったギターのカッティングとキーボードの絡みが艶かしい『infinity』。

それらが小沢健二がニュー・ヨークで体感していただろうクラブ・シーンの感覚でアルバム作品として構成されています。個人的なハイライトは『欲望』から『今夜はブギーバック/あの大きな心』の繋ぎです。アウトロのビートにワウ・ギターが被さりやがて鳴らされるC→D→Gの必殺コード、一気に解放されるカタルシス。このパートを聴くたびに、筆者は性的興奮に似た快楽を覚えてしまいます。

『Eclectic』、折衷的。そのタイトル通り、大好きなブラック・ミュージック、ビート・ミュージックの良さを抽出して日本人である自分のフィジカルと感性で鳴らす。この発展形を展開しているのが前述したceroであり『SUN』以降の星野源であり、ポップに帰還してからの小沢健二自身なのではないでしょうか。

最後に、『Official Site ひふみよ』に寄せた小沢健二のコメントを引用します。
「『Eclectic』への探求がなかったら、僕の最近のやつはないのです。静かな夜に、聴いてみてください」

小沢健二の『Eclectic』をApple Musicで聴く

聴きこむ編集部ライター 吉田昂平
加藤幹郎「映画とは何か」を読み衝撃を受ける。音楽、映画、サッカーを中心に評論活動修業中。カウンター・カルチャー・マニア。

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2 Comments
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5 年 前

>古い友、小山田圭吾と結成したコーネリアスでのデビュー

そこはフリッパーズ・ギターでしょ。

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