2019年1月24日。世界の音楽ファンが待ち望んでいたVampire Weekendの新作アルバム『Father Of The Bride』から『Harmony Hall』『2021』の2曲が先行配信されました。
Vampire Weekendの『Harmony Hall』をApple Musicで聴く
『Harmony Hall』は盟友デイヴ・ロングストレスによるギターに導かれてピアノ、ドラム、ベースが重なる、これぞVampire Weekend!な風通しの良いポップソング。
サウンド、ストラクチャーはPrimal Scream『Loaded』、The Rolling Stones『She’s A Rainbow』。
サマー・オブ・ラヴ、サイケデリックなあの時代、あのアメリカが、それに恋い焦がれた「ここではないどこか」を求めた先人の魂が、その夢の打ち砕かれた破片が乱反射してキラキラ輝いています。
『2021』は1分30秒の短い、アビエンタルなトラックですが、なんと細野晴臣さんが無印良品のBGMのため書いた音源をYouTubeで見つけたエズラが許可を取りサンプリング。国境と時間を越えたコラボレーションにより生まれたなんとも魅力的なトラックです。
タイトルの『2021』とはどのような意味なのでしょう。優しく歌われる最初の歌詞に大きなヒントがあります。
「2021年、僕のことを考えてくれている?」
「1年ならまだ待てる、けど3年は待てないよ」
2021年。ドナルド・トランプ米大統領の任期が終わる年です。
Vampire Weekendのメイン・ソングライター、エズラ・クーニグはユダヤ系。また数年前に脱退し、今はソロ・アーティストとして活躍している、新作にも数曲で参加しているオリジナル・メンバーのロスタムは同性愛者です。
「怒りは声を求め 声は歌になる」
『Harmony Hall』のリリックに立ち戻り耳をすませてみると、非常にシニカルでアイロニカルな側面が見えてきます。
「たくさんの疑念から解き放たれたいと思うけど、問題が終われば次の問題が出てくるだけ」
コーラスでは1960年代後半にニュー・ヨークで起こった同性愛者による公権力への抵抗運動ストーン・ウォールの反乱、旧約聖書でアダムをそそのかした邪悪なヘビに言及。
まるでリチャード・パワーズ『舞踏会に向かう三人の農夫』、テオ・アンゲロプロス『永遠と一日』のような内的時空旅行の果て、このラインがリフレインされて目眩く5分間は終わります。
「こんなふうに生きたくなんかない、だけど死にたくもない」
白か黒か、正義か悪か、味方か敵か、正解か間違いか、適法か違法か、ポジティヴかネガティヴか。
極端な二択ばかりを知らず知らずに求めがちですが、実際はその間で風に舞うビニール袋のように漂っているのが私たちの人生、生活なのではないでしょうか。
Bob Dylanが歌っているように、「答えは風の中」なのかもしれません。
強くある必要なんかない。勝者である必要なんかない。ただ死にたくないから生きている。自分は世界ではちっぽけな存在でしかなくとも、今その世界を認識しているのはその自分でしかない。
昨年のフジロック。Green Stageの大トリを務めたVampire Weekendはその祝祭感溢れるステージで、ビートルズ『Here Comes The Sun』と自身の曲をマッシュアップ。
自分たちの楽曲が大きな流れの中にあること、巡り受け継がれていくことを表現しました。
美しい月の下で踊り泣く、世界中から集った見ず知らずの人々。
それはとても政治的で社会的で、芸術的で文化的な光景でした。
その光景をそのままこの『Harmony Hall』は閉じ込めています。
「怒りは声になり、声は歌になる」
「歌い手は聴こえなくなるまでハーモニーを奏で続ける」
人生は続く。そのなかでハーモニーを、考えることを、声をあげることを、愛し合うことを、誰かと何かと繋がることを。私たちは止めてはいけないのです。
Vampire Weekendの『Harmony Hall』をApple Musicで聴く
映画、音楽を中心に在野にて評論活動修行中。大学では映画理論を専攻、カウリスマキやケン・ローチをテーマに映画と社会政治について論文執筆。
五月革命、アメリカン・ニューシネマなどカウンター・カルチャー・マニア。